musafirのブログ

雑記です。

Leica SL3-S+SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II

久しぶりの更新すぎて唐突ですが、表題のカメラとレンズを買うかどうかで悩んでいます。

もともと学生時代にα700から一眼の世界に入って以来、私用機材としては長らくSony(Minoltaも含む)を使っていましたが、一昨年清水の舞台からなんとやらでLeica Q3を購入、Leicaの画に魅力を感じています。とはいえ色々あってすでにQ3も手放してしまっているのですが。

で、昨年末に資金に少し余裕ができ、また撮りたいモノ、場面も増えてきたこともあってどのカメラ(とレンズ)を買うか検討し始めました。実用面で言えばSONYがNo.1だと思っていますが、あれだけ長く使っていながら結局のところ画が好きになれず……。今のタイミングであれば、昨年末発売のα7V+FE24-70 F2.8 GM IIがどう考えても(私にとって)ベストバイだと考えていました。

 

つまるところ、Leicaの画に未練があるんでしょうね。前置きが長くなりましたが、「手持ち機材ゼロ+子供をはじめ動き物もアリ+とりあえず標準ズームから」という前提で考えると、Leicaでは

  • SL3
  • SL3-S

の二択でしょう。そしてSL3のほうは先代よりAFが強化されたとはいえ象面位相差が載っていないので実質SL3-Sの一択。残るはレンズですが、選択肢の多そうな標準ズームと思いきやこれが案外難題で……。

 

LEICA / VARIO ELMARIT-SL 24-90mmf/2.8-4 ASPH.

85〜90万円程度。重さや価格を考慮しなければこれです。SL系の広角〜標準域で撮られた写真をいろいろと見ていると、やはりこのレンズのクレジットが目につきます。ただ、自分の用途だとこの重さ、大きさはおそらく持ち出さなくなると……。いや、本音は価格的に難しいということなのですが。

 

SIGMA / 24-70mm F2.8 DG DN II
17〜19万円程度。価格面を考えると現実的かつ画質等の評価も○。SIGMA OEMLEICA版がまだIのみでこのIIは未登場と考えるとLEICA版 or SIGMA版どちらかという悩みもないのでそこも○。

 

LEICA / VARIO-ELMARIT SL f2.8/28-70mm ASPH.

30〜33万円程度。ご存知の通りSIGMA版であれば10万円未満で購入可能ですが、現在SL3-Sとセット販売しているため実質20万円程度で手に入ります。SIGMA版との価格差

がこの程度であれば気になる……のですが、実はSIGMA版を昨年レンタルでα7IVと共に使用したことがあり、その際は特に触手を伸ばしたくなるような印象はありませんでした。このLEICA版となると情報が乏しく、どうにも判断がつきません。中玉のコーティングが異なるようで、写り、特にボケの部分が違うというレビューも若干ですがあります。

 

Panasonic / LUMIX S PRO 24-70mm F2.8
22万円程度。写りは各種レビューを見る限り好きです。色ノリが濃厚で、SIGMAよりもLEICAに近いように思えます。ただ、重い。935gはSIGMA24−70IIの745gから約200g増。LEICA24-90の1145gよりはだいぶ軽いですが……。

 

……結局、表題の通りSIGMA24−70IIに傾いてはいるものの、実物を店頭で見ても決めきれず。新年早々、決断力に欠けています。悩んでいるのも楽しいのですが、如何せん自分がこれまで使っていたマウントと違うとリファレンスが自分の中に足りず、どうにも迷ってしまいますね。

 

 

 

 

2025年「オールドメディアの衰退」は現実となるか - 東洋経済オンライン

あけましておめでとうございます。2024年は仕事を変えたり、また以前から変わらぬものではありますが子育てでバタバタしたりと、とにかく慌ただしい1年だったという印象です。

 

さて2024年を振り返りつつ、2025年へ目を向けると、気になるトピックはこちらでしょうか。

 

toyokeizai.net

 

「オールドメディアの衰退」を主眼とするか、「情報源の主流がSNSYoutube等の動画投稿サイトも含む)となったこと」に据えるかで少々見方が変わるかもしれませんが、いずれにせよこの記事で挙げられているような一連の出来事は衝撃的でありました。

 

私はオールドメディアで働いていた経験もあるせいか(一年足らずで辞めているため帰属意識があったかというと微妙ですが……)、いまだに情報ソースとしてオールドメディアがある程度信頼(この「ある程度」、という点が重要でもあります)できると考えています。一方でオールドメディアへの不信、というよりは憎悪に近いというか、それを背景とした諸々が現実の選挙結果を左右したというのは、この記事にあるように日本では2024年がその元年とも言えるのではないでしょうか。

 

日本でなぜ2024年にそれが起きたかといえば、選挙自体はタイミングの問題もあれど、AIによるSNSでの投稿生成が非英語圏にも浸透した、それがある程度影響しているようにも思えます。

以前に比べX(旧Twitter)にログインする頻度は減りましたが、それでも私の観測範囲で言えば「これは生身の人間なのか?」と首をかしげるアカウントが多くなったように思えたのが2024年でした。これまでもBotはたくさんあったものの、それは基本的に「事前にプログラムされたことを延々と繰り返す」もの、もしくはそれ+αだったはずです。一方でいまでは人間の「ような」アカウントが氾濫しています、というと言い過ぎですが、そのように見えます。結局のところ、Xでもその他のSNSでも、見えているものが生身の人間が操作するアカウントなのか、AIなのかは確証がないわけです。

 

あとは、生身の人間であってもインプレゾンビのような問題もあります。

www3.nhk.or.jp

 

ただこれは日本において、政治を始めとした社会にどの程度影響を及ぼしているのか、また及ぼしたのかはわかりません。一個人では全容を把握しようがないからです。その意味では、AIによる影響も同様ですが。

 

AIの影響に話を戻すと、2024年はこちらの記事も衝撃的でした。驚きはしなかったというのはなんとも哀しいものでしたが……。

gigazine.net

 

オールドメディアの話から結局AIの話になってしまいました(?)が、2013年ごろに松浦茂樹さんが講演会で「webは良くなったのか?」という投げかけをされていたのを近頃よく思い出します。

正確な表現は覚えていないのですが、要旨としてはweb2.0が叫ばれて久しい、だけどWWWが誕生してから20年も経って、このwebの世界は人間にとって良くなっているのか、進化しているのかというものだったと記憶しています。情報の量は増えたけれども、質、多様性といったものが向上したのだろうか、と。どんどん均一化し、質もコストをかけないものが濫造されているのではないか、と。コスト=質では必ずしもなくとも、≒ではありますからね。

 

とりとめのない文章になってしまいましたが、世にあふれる情報とそれを扱う人間の未来を憂いつつ、しかし希望は捨てないことを意識した2025年にしたいと思います。この一年が、人々にとって良いものとなりますように。

Jeff Beck

ジェフ・ベックが亡くなったというニュースが届きました。3大ギタリストの中では最も技巧派であり、ストイックであり、そして(歌えないという点のみを切り取れば)最も不器用とも言うべきギターヒーローが、突然この世を去ってしまいました。

 

クラプトンが三大ギタリストの中に数えられていたこともあり、もちろん若いときの演奏や映像を目にすることも多かったのですが、一方で晩年まで精力的に活動していたことからリアルタイムでも(といっても映像ですが)目に触れていたんですよね。

 

ギターインストゥルメンタルの世界を切り拓いたレジェンド、どうか安らかに。

新型コロナウイルス(デルタ株)に家族が感染したら

タイトルの通りですが、残念ながら先月、同居家族が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を発症しました。感染後しばらくして分かったことですが、いわゆるデルタ株だったそうです。

 

言葉にすると陳腐になりますが、(家族の)感染中、発症中は恐怖や不安から一瞬たりとも逃れられません。また本当に困ったのが「感染した場合」の展開や症状、期間の目安といった情報が少ないことでした。

 

感染した私の妻(ワクチンは未接種、初回接種予約を10日後に控えた頃。基礎疾患なし)の場合、下記のような経過をたどりました(残る家族のうち、私と娘は発症せずにPCR検査結果も陰性。私はワクチン2回接種済み、娘は乳児のためワクチン対象外)。

 

発症時:微熱(37℃台)と強い頭痛、便秘

発症3日目以降:高熱(38〜39℃台)と喉の痛み

発症5日前後〜:高熱、喉の痛みに加え、咳が日を追うごとに酷くなる

 

いわゆる味覚、嗅覚の違和感はあまりなかったよつです。ちなみにこの間、発症3日目に保健所の指示で受診したクリニック(初診ながら診察いただき、またその後のフォローアップも含め本当に感謝しております)で咳止めや解熱剤(ブルフェン)、抗生物質を処方していただいています。

 

本来、妻から微熱が出たと連絡があった初日の時点で都の発熱センターに電話すべきであったと強く反省しています。これほど初歩的なことすらできていなかったというのは、どれほど反省してもしすぎということはないので……。

 

重症化への分岐となるのは発症から一週間前後の時点、そこで熱が下がるか、という情報が多いのですが(実際、8割程度はそれまでに解熱するようです)、うちの場合一週間経過しても夕方になると高熱に戻ってしまう状態。咳も酷くなってきていたこと、自宅療養で娘への感染が当初から心配であったことから入院の希望を出していました。みなさんご存知の通り、この第5波による医療体制の逼迫から結果として叶いませんでしたが。

 

その後、発症から11日目にようやく解熱剤を使わずに平熱を保つことができました。さらに3日間、平熱でしたので現在は本人は療養解除となっています。私と娘は妻の療養解除後、14日間自宅待機となりました。

 

いまだに妻のワクチン接種も済んでいない中(予約は完了)、恐怖でしかありませんが、とりあえず最悪の自体を回避できました。今感じるのは、

 

パルスオキシメーターはあった方がいい

→素人が「救急車を呼ぶべきかどうか」、ようするに「ヤバいかどうか」定量的に判断できる唯一の手段

着圧ソックスはあった方がいい

→症状が出た陽性者はほぼ寝たきりになるので、血栓の防止が重要

微熱であってもとにかく発熱したら窓口に相談

→初動は大事です。対処療法の薬しか存在しなくとも、早めに医師の診察(入院はなかなかできない状況が続いていますが、発熱相談センターに連絡すれば土日でも診察はしてもらえることがほとんど)を受けることで状況をより正確に把握できます。また咳止め等の薬をもらうチャンスはそう多くありませんので(咳や喉の状態が悪化すると、薬を飲むことも困難になる)、とにかく早く診察を受けましょう

 

感染しないことが一番ですが、現在の感染状況では誰が罹っても不思議ではありません。どうか、焦らずに確実に必要な行動をとられることを心より願っています。

 

Layla Revisited (Live At LOCKN’) / Tedeschi Truck Bandが7月16日に発売

www.udiscovermusic.jp

 

一番好きなアルバムは?と聞かれたら(聞かれませんが)、即答するのが「Layla and other assorted love sogs / Derek and The Dominos」。いわゆる「いとしのレイラ」ですね。その大好きなアルバムを、大好きなバンドがカバーというかなんというか、まあ再現したライヴ盤を発売するとあって心が躍ります。

 

レイラ・アルバム(曲名と区別するためあえてこう書きます)に収録された個々の楽曲は、Claptonのライヴで幾度か演奏されてきました。『Have You Ever Loved Woman?』なんて定番ですが、一方で『Why Does Love Got to Be So Sad?』なんてそう多くはプレイされていなかったんですよね。そう、収録曲の中でいくつかの楽曲は再現が難しい。なにせDuan Allman (The Allman Brothers Band)がアルバム発売の翌年に急逝しているわけで、かつ彼のようなギターを弾けるプレイヤーなど出てこようはずもなかった。が、出てきたわけです。Derek Trucks、Butch Trucks (The Allman Borthers Band) の甥ですね。

 

レイラ・アルバム発売(1970年)後のツアーでDuaneが加わった会場を除けば、Claptonのライヴでスライド・ギターの入った『Layla』『Why Does Love Got to Be So Sad?』は演奏されていないはず。そのスライド・ギター入りの編成が遂に実現したのが、Derek TrucksがClaptonのツアーメンバーに加わった2006年でした。なぜこのツアーが公式音源化されていないか本当に疑問なのですが、音源を聴くと本当に素晴らしい……。Derekよ、よくぞ生まれてきてくれた、Claptonもよく生き延びていたと言いたくなるほどの演奏です。いや、2001年の『One More Car, One More Rider』のツアーにDerekがいたら、とか贅沢を言ってはいけません。どちらも素晴らしいです、本当に。

 

さて、リンク先の記事にもありますが、7月の発売を前に『Why Does Love Got to Be So Sad』が先行配信されています。原曲の、哀しくもなにか感情が爆発するような良さもありますし、このTedeschi Trucks Bandらしさも出ているように思えます。レイラはアルバム自体、あまりに個人的な内容ですから、まるごとカバーなんてできるのかなと思っていましたが、これは期待大ですね。

 

ちなみに記事を読んで分かったのですが、Trucks夫婦って双方ともLayla好きだったんですね。特にDerekについてはローティーンの頃にステージでLaylaを演奏していたり、Claptonトリビュート・アルバムである『All Blues'd Up』でEric Galeと共にLaylaをカバーしていたり(名演です)。極めつけはAllman Brothers Band時代、2003年のライブで凄まじいLaylaを演っています(Instant Liveという企画物の『Verizon Wiress Ampitheatre, Charlotte, NC 8/9/03』収録)。

 

今回のLaylaはどうなるんだろう……叶うことなら、今回のアルバムを聴いたClapton (とBobby Whitlock) の感想が聞いてみたかったりします。

 

 

 

「WELQ問題」は「監修」で解決するのか?

ご存じの方も多いかと思いますが、DeNAが運営するキュレーションサイト「WELQ」が全記事を非公開化する措置を講じました。

 

一度世に出した(ユーザーに発信した)コンテンツの全てをクローズドな状態にするというのは、コンテンツ事業者としては大変に重い事態であると思います。

 

ここまでの事態に至ったのはこちらのサイトのこの記事が

DeNAがやってるウェルク(Welq)っていうのが企業としてやってはいけない一線を完全に越えてる件(第1回) | More Access! More Fun!

直接的な起点かと思いますが、それに遡ること一月ほど前、

www.itmedia.co.jp

の記事にあるような内容が、今回の事態を想起させるに十分だったのではないでしょうか。逆に言うと辻正浩氏が指摘していなかったら、永江一石氏が指摘していなかったらと思うと背筋が寒くなりますが……。

 

 

WELQの言う「監修」で事態は解決するのか?

WELQ、というよりはDeNA(?)が、昨日(2016年11月29日)付けで出したステートメントは以下の内容となっています。

【お知らせ】WELQの全記事の非公開化について

 株式会社ディー・エヌ・エー(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長兼CEO:守安 功、以下DeNA)は、ヘルスケア情報を扱うキュレーションプラットフォーム「WELQ(ウェルク)」におきまして、医療情報に関する記事の信憑性について多数のご意見が寄せられたことを受け、検証および精査した結果、本日11月29日(火)21時をもって全ての記事を非公開といたしました。また同時に、現在WELQで取り扱いのある全ての広告商品の販売を停止いたしました。

 ご利用いただいている皆様ならびに、広告主の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けしましたことを深くお詫び申し上げます。

 医学的知見を有した専門家による監修がなされていない記事が公開されていたことに関して、かねてより進めている医師や薬剤師などの専門家による医学的知見および薬機法※をふまえた監修体制を速やかに整えます。その上で医学的根拠に基づく監修が必要な記事においては順次監修を行い、皆様に安心してご利用いただける状態にしたのち、WELQ編集部名義で記事を掲載していく方針です。
 医療情報以外の非公開化記事に関しては、WELQ編集部にて記事の品質を確認したうえで公開判断を行います。

 株式会社ディー・エヌ・エー当社運営のキュレーションプラットフォームについて

医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)


本件に関するお客さまからのお問い合わせ先
メールによるお問い合わせ https://welq.jp/reports/new

2016年11月29日

 

ここでは必要がある場合に「専門家」による記事の監修を行うことが謳われています。しかしそれでは問題は解決しないのではないでしょうか。このステートメント自体、結局どの人物の責任の下で出しているか分からない点も腑に落ちませんが、より大きな観点から今回のWelq問題を整理すると

  1. 健康・医療情報という分野でデマというべき信憑性の低い情報が氾濫していた
  2. 他サイトからの剽窃と思われる内容を含む記事があった
  3. 記事がユーザーにとって読みやすく、適切な内容となるような校正・校閲機能を事業者が有していなかった
  4. 質の低いコンテンツでありながら、強力なSEO対策によって、多くのキーワードにおける検索順位上位を占めていた

といった点が浮かんでくると思います。

 

 

健康・医療情報という分野でデマというべき信憑性の低い情報が氾濫していた

これは多くのサイトで指摘されている通りですが、肩こりが霊の……など(すでに当該記事は閲覧できませんが)非科学的、正しくない情報を含んだ記事が多く見られました。健康や医療といった人の命に関わる分野では、誤りを含んだ情報を(大量に)発信することのリスクは特に大きく、企業が利益のみを目的としてそうした事業を行うのは悪質であるといって差し支えないと思います。

 

「企業が利益のみを目的としてそうした事業を行う」というと「コンテンツ自体はユーザーが制作していたのでは?」という疑問が浮かぶ方もいらっしゃるかと思いますが、BuzzFeedによるこちらの記事

www.buzzfeed.com

において、ほとんどのコンテンツをWELQの発注、指示・管理の下制作していたことが指摘されています。

 

ただこれはWELQ個別の問題にとどまらず、似たようなサイトが多くあることを考えると、検索結果の信頼性が低くなり、ユーザーがいちいち情報の信頼性を確認しなくてはいけなくなるわけで、社会全体のコストが増している昨今の状況の一部を表しているにすぎません。

 

ここで申し上げたユーザーがいちいち情報の信頼性を確認しなくてはいけなくなるというのは、本来どの情報においても行うべきですが、デマサイトのようなものが氾濫するとその手間が著しく増す、ということを指しています。

 

こうしたことが無いようにWELQが取ろうとしているのが「監修」ですが、編集や執筆に関して素人、医療や健康についても素人の方が書いた記事を専門家が監修するというのは非常に労力がかかります。

 

医学専門家もどき活動家、welq記事を勝手に「監修」してみる (画像追加)

 

(上記記事と反対に適当で申し訳ありませんが)たとえば医師(医学的知見を有する人々の代表格)の時給を5000円とし、

 

…意外と時間がかかった(ここまで2時間)。ふだんなら対面打ち合わせで指摘したいところだが、勝手プロジェクトなので仕方ない。  全体を通して、記述の不整合と濃淡の差が大きすぎる。最初に述べた原則に従ってコピペ検索をしたところ、「原著」が5つ見つかった。

 この実績をもとに計算すると、1記事について問題点をある程度あぶりだすだけで1万円が必要です。まあそれくらいなら十分ペイする可能性もありますが、ここから修正する時間を考えると、そもそもテーマに沿って専門家に執筆を依頼するorインタビュー形式で人々が感じる疑問を解説してもらう、といった方がコストが低いのではないかと思います。そして何より質も高くなるのではないでしょうか。

 

ただ、それではWELQのような媒体のビジネスモデルには合わないはずで、だからこそBuzzFeedが指摘したようなコンテンツ生産体制になっていたはず。ここにこの問題の根深さがあります。

 

少なくとも、WELQの場合「監修」という方法では収益を高いレベルであげながら最低限の質が担保された記事を一定量、持続的に生産していくことはできないのではないでしょうか

 

 

他サイトからの剽窃と思われる内容を含む記事があった

こちらも多くの方々から指摘されていますが、さらに問題なのはWELQが昨日発した声明がこの剽窃に関して触れていないことです。もちろんそもそも剽窃をしていない、という可能性もありますが、ここまで疑惑が指摘されている状況ですからもし無実であるならばその旨もあわせて情報発信をすべきではないでしょうか。

 

剽窃をしない、というのは世の中にコンテンツを出す上で絶対にクリアしなくてはならない一次品質の問題であって監修以前の問題です。

 

記事がユーザーにとって読みやすく、適切な内容となるような校正・校閲機能を事業者が有していなかった

これは他の観点と同じくWEBメディア(WELQのようなサービスの場合、メディアと呼んでよいものか判断が難しいですが……)全体がはらむ問題をWELQが代表しているというだけですね。

 

強力な校正・校閲機能を持つ新聞社から、校正システム自体は持ってはいるものの若干劣るWEBメディアに移った個人的な体験から申し上げますと、校正・校閲というのはメディアであれば可能な限り持つべきだとは思います。

 

どれほど丁寧に書かれた記事であっても、人為的なミス(「てにをは」から、果てはクリティカルなミスまで)というのは起こりうるものです。その可能性をなるべく低くするのが校正・校閲機能ですが、このコストを負担できるメディア、運営者というのは悲しいことに少ないと思います。中にはそもそも校正・校閲というシステムを理解している人が社内にいないだけといった場合もありますが、たいていの場合やはりそのコストを負担できるビジネスモデルになっていないのでしょう。

 

より壮大なことを申し上げれば、世の中に校正や校閲を経ない記事が多く出ると(私が執筆しているこの記事もそうですが)、社会全体の情報の質は下がり、また言葉のレベルも低下します。

 

たとえばいまさら子供たちに「新聞を読んでください」などと言う気はさらさらありませんが、新聞や本(=校正・校閲を経て世に出たコンテンツ)に触れることが2000年以前(2010年以前?)より減った今の子供たちは、どこで正しい言葉を身に着けるのでしょうか?

 

 

質の低いコンテンツでありながら、強力なSEO対策によって、多くのキーワードにおける検索順位上位を占めていた

だからWELQ問題が発覚した、ともいえるSEO対策の強力さ。ただ、検索順位の上位を占めること、それ自体はコンテンツに関わる事業者としては大変に真っ当な施策であると思います。

 

すでにユーザーの囲い込みができている媒体を除き、多くのメディアはオーガニックのユーザーが流入の大半を占めるはず。その人々に記事を届けるには、SEO対策は避けて通れません。ビジネス上はもちろん、せっかく作ったコンテンツをより多くの人に届けたいという誠意ある運営者であっても、SEO対策はすべきであると思います。

 

 

ちゃんと生まれ変われれば、という点はなんとも言えませんが、そこさえクリアできれば化けます。

 

SEO対策というのは小手先の技術ではありますけれども、少し広い視野で捉えれば「いかにコンテンツを流通させ、いかに稼ぐか(よりよい運営に必要な経費を得るか)」につながります。別に流通施策というのはSEO対策に限らないにしろ、こうした思想は学ぶ点は本当に多いと思います。ただし、今回のような運営につながるのであればリスペクトはできません。

 

 

―長くなってしまいましたが今回感じたことは以上です。ここまで書いて約4300字ですが、例の4000字問題ってこれくらいの文章を中身もなく執筆させるという行為だったのですね……。

「アラブの春」後のエジプト、その沸騰を描く。『クラッシュ』(2016年/エジプト)@東京国際映画祭

『クラッシュ』を観てきました

 

 

musafir.hateblo.jp

 

10月25日から始まった東京国際映画祭。先日チケット騒動の中で無事(ではなかったようにも思いますが、私の場合多重決済はされておらず、しかも結果的に予約できていたので)獲得した『クラッシュ』という映画を観て参りました。

 

2016.tiff-jp.net

 

ストーリー自体については多くは申せませんが、カンヌの「ある視点」部門にふさわしい映画でした。デモの騒乱と集団が暴走した時の狂気、そして何よりも(アラブ諸国、特にエジプトでは長年の課題である)軍、警察の非人道的な振る舞い。

 

アラブの春」がアラブ世界の中心地であるエジプトにも波及した後、結局何が残ったのか。あくまで結果論ながら、プラスの影響など何もなかったのではないか。安易に希望を抱かせるわけでもなく、しかしすべてが絶望でもなく、エジプト市民(作り手)が持つ複雑な思いを世界に伝える内容となっています。まあ「エジプト市民」などと一口に言えるほど単純ではありませんし、そうではないからこそ問題が深刻さを増す一方なのですが…。

 

ただ場面が護送車という限られた空間、しかし移動する空間で展開していくところに着想の素晴らしさを感じます。そういえばキアロスタミの追悼上映で公開されたBBC(?)制作のドキュメンタリもクルマと移動をうまく組み合わせた展開で飽きませんでした。

 

『クラッシュ』は31日、11月1日にも上映されます。ぜひ一度観る価値の映画ではないかと思います。特にかつての自分のようなアラブ世界に関心を持つ学生のみなさま、ぜひご覧になってみてください。