「WELQ問題」は「監修」で解決するのか?
ご存じの方も多いかと思いますが、DeNAが運営するキュレーションサイト「WELQ」が全記事を非公開化する措置を講じました。
一度世に出した(ユーザーに発信した)コンテンツの全てをクローズドな状態にするというのは、コンテンツ事業者としては大変に重い事態であると思います。
ここまでの事態に至ったのはこちらのサイトのこの記事が
DeNAがやってるウェルク(Welq)っていうのが企業としてやってはいけない一線を完全に越えてる件(第1回) | More Access! More Fun!
直接的な起点かと思いますが、それに遡ること一月ほど前、
の記事にあるような内容が、今回の事態を想起させるに十分だったのではないでしょうか。逆に言うと辻正浩氏が指摘していなかったら、永江一石氏が指摘していなかったらと思うと背筋が寒くなりますが……。
WELQの言う「監修」で事態は解決するのか?
WELQ、というよりはDeNA(?)が、昨日(2016年11月29日)付けで出したステートメントは以下の内容となっています。
【お知らせ】WELQの全記事の非公開化について
株式会社ディー・エヌ・エー(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長兼CEO:守安 功、以下DeNA)は、ヘルスケア情報を扱うキュレーションプラットフォーム「WELQ(ウェルク)」におきまして、医療情報に関する記事の信憑性について多数のご意見が寄せられたことを受け、検証および精査した結果、本日11月29日(火)21時をもって全ての記事を非公開といたしました。また同時に、現在WELQで取り扱いのある全ての広告商品の販売を停止いたしました。
ご利用いただいている皆様ならびに、広告主の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けしましたことを深くお詫び申し上げます。
医学的知見を有した専門家による監修がなされていない記事が公開されていたことに関して、かねてより進めている医師や薬剤師などの専門家による医学的知見および薬機法※をふまえた監修体制を速やかに整えます。その上で医学的根拠に基づく監修が必要な記事においては順次監修を行い、皆様に安心してご利用いただける状態にしたのち、WELQ編集部名義で記事を掲載していく方針です。
医療情報以外の非公開化記事に関しては、WELQ編集部にて記事の品質を確認したうえで公開判断を行います。
株式会社ディー・エヌ・エー:当社運営のキュレーションプラットフォームについて
※ 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)
本件に関するお客さまからのお問い合わせ先
メールによるお問い合わせ https://welq.jp/reports/new
2016年11月29日
ここでは必要がある場合に「専門家」による記事の監修を行うことが謳われています。しかしそれでは問題は解決しないのではないでしょうか。このステートメント自体、結局どの人物の責任の下で出しているか分からない点も腑に落ちませんが、より大きな観点から今回のWelq問題を整理すると
- 健康・医療情報という分野でデマというべき信憑性の低い情報が氾濫していた
- 他サイトからの剽窃と思われる内容を含む記事があった
- 記事がユーザーにとって読みやすく、適切な内容となるような校正・校閲機能を事業者が有していなかった
- 質の低いコンテンツでありながら、強力なSEO対策によって、多くのキーワードにおける検索順位上位を占めていた
といった点が浮かんでくると思います。
健康・医療情報という分野でデマというべき信憑性の低い情報が氾濫していた
これは多くのサイトで指摘されている通りですが、肩こりが霊の……など(すでに当該記事は閲覧できませんが)非科学的、正しくない情報を含んだ記事が多く見られました。健康や医療といった人の命に関わる分野では、誤りを含んだ情報を(大量に)発信することのリスクは特に大きく、企業が利益のみを目的としてそうした事業を行うのは悪質であるといって差し支えないと思います。
「企業が利益のみを目的としてそうした事業を行う」というと「コンテンツ自体はユーザーが制作していたのでは?」という疑問が浮かぶ方もいらっしゃるかと思いますが、BuzzFeedによるこちらの記事
において、ほとんどのコンテンツをWELQの発注、指示・管理の下制作していたことが指摘されています。
ただこれはWELQ個別の問題にとどまらず、似たようなサイトが多くあることを考えると、検索結果の信頼性が低くなり、ユーザーがいちいち情報の信頼性を確認しなくてはいけなくなるわけで、社会全体のコストが増している昨今の状況の一部を表しているにすぎません。
ここで申し上げた「ユーザーがいちいち情報の信頼性を確認しなくてはいけなくなる」というのは、本来どの情報においても行うべきですが、デマサイトのようなものが氾濫するとその手間が著しく増す、ということを指しています。
こうしたことが無いようにWELQが取ろうとしているのが「監修」ですが、編集や執筆に関して素人、医療や健康についても素人の方が書いた記事を専門家が監修するというのは非常に労力がかかります。
医学専門家もどき活動家、welq記事を勝手に「監修」してみる (画像追加)
(上記記事と反対に適当で申し訳ありませんが)たとえば医師(医学的知見を有する人々の代表格)の時給を5000円とし、
…意外と時間がかかった(ここまで2時間)。ふだんなら対面打ち合わせで指摘したいところだが、勝手プロジェクトなので仕方ない。 全体を通して、記述の不整合と濃淡の差が大きすぎる。最初に述べた原則に従ってコピペ検索をしたところ、「原著」が5つ見つかった。
この実績をもとに計算すると、1記事について問題点をある程度あぶりだすだけで1万円が必要です。まあそれくらいなら十分ペイする可能性もありますが、ここから修正する時間を考えると、そもそもテーマに沿って専門家に執筆を依頼するorインタビュー形式で人々が感じる疑問を解説してもらう、といった方がコストが低いのではないかと思います。そして何より質も高くなるのではないでしょうか。
ただ、それではWELQのような媒体のビジネスモデルには合わないはずで、だからこそBuzzFeedが指摘したようなコンテンツ生産体制になっていたはず。ここにこの問題の根深さがあります。
少なくとも、WELQの場合「監修」という方法では収益を高いレベルであげながら最低限の質が担保された記事を一定量、持続的に生産していくことはできないのではないでしょうか
他サイトからの剽窃と思われる内容を含む記事があった
こちらも多くの方々から指摘されていますが、さらに問題なのはWELQが昨日発した声明がこの剽窃に関して触れていないことです。もちろんそもそも剽窃をしていない、という可能性もありますが、ここまで疑惑が指摘されている状況ですからもし無実であるならばその旨もあわせて情報発信をすべきではないでしょうか。
剽窃をしない、というのは世の中にコンテンツを出す上で絶対にクリアしなくてはならない一次品質の問題であって監修以前の問題です。
記事がユーザーにとって読みやすく、適切な内容となるような校正・校閲機能を事業者が有していなかった
これは他の観点と同じくWEBメディア(WELQのようなサービスの場合、メディアと呼んでよいものか判断が難しいですが……)全体がはらむ問題をWELQが代表しているというだけですね。
強力な校正・校閲機能を持つ新聞社から、校正システム自体は持ってはいるものの若干劣るWEBメディアに移った個人的な体験から申し上げますと、校正・校閲というのはメディアであれば可能な限り持つべきだとは思います。
どれほど丁寧に書かれた記事であっても、人為的なミス(「てにをは」から、果てはクリティカルなミスまで)というのは起こりうるものです。その可能性をなるべく低くするのが校正・校閲機能ですが、このコストを負担できるメディア、運営者というのは悲しいことに少ないと思います。中にはそもそも校正・校閲というシステムを理解している人が社内にいないだけといった場合もありますが、たいていの場合やはりそのコストを負担できるビジネスモデルになっていないのでしょう。
より壮大なことを申し上げれば、世の中に校正や校閲を経ない記事が多く出ると(私が執筆しているこの記事もそうですが)、社会全体の情報の質は下がり、また言葉のレベルも低下します。
たとえばいまさら子供たちに「新聞を読んでください」などと言う気はさらさらありませんが、新聞や本(=校正・校閲を経て世に出たコンテンツ)に触れることが2000年以前(2010年以前?)より減った今の子供たちは、どこで正しい言葉を身に着けるのでしょうか?
質の低いコンテンツでありながら、強力なSEO対策によって、多くのキーワードにおける検索順位上位を占めていた
だからWELQ問題が発覚した、ともいえるSEO対策の強力さ。ただ、検索順位の上位を占めること、それ自体はコンテンツに関わる事業者としては大変に真っ当な施策であると思います。
すでにユーザーの囲い込みができている媒体を除き、多くのメディアはオーガニックのユーザーが流入の大半を占めるはず。その人々に記事を届けるには、SEO対策は避けて通れません。ビジネス上はもちろん、せっかく作ったコンテンツをより多くの人に届けたいという誠意ある運営者であっても、SEO対策はすべきであると思います。
擁護しとくと、welqはクソ出し、今のDeNAパレットはクソだけど、DeNAパレットの戦略思想は極めて正しい。ちゃんと生まれ変われば、化けるかもしれん。頑張れパレット。
— 深津 貴之 (@fladdict) 2016年11月30日
ちゃんと生まれ変われれば、という点はなんとも言えませんが、そこさえクリアできれば化けます。
SEO対策というのは小手先の技術ではありますけれども、少し広い視野で捉えれば「いかにコンテンツを流通させ、いかに稼ぐか(よりよい運営に必要な経費を得るか)」につながります。別に流通施策というのはSEO対策に限らないにしろ、こうした思想は学ぶ点は本当に多いと思います。ただし、今回のような運営につながるのであればリスペクトはできません。
―長くなってしまいましたが今回感じたことは以上です。ここまで書いて約4300字ですが、例の4000字問題ってこれくらいの文章を中身もなく執筆させるという行為だったのですね……。